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YOI#4解説 採点方法とプロトコルの読み方・フリープログラムの構成とザヤ回避検討

YOI#4を見た皆さん、こんばんは。生きてますか? 僕は終盤の勝生とプリセツキーのモノローグを思い出すたびに鬱になっています。フィギュアスケートのルール・技術解説を4週間に渡って投稿し続けてきましたが、基本的な部分については今回の投稿でほぼ終わりにできるかと思っています。ステップをまだ取り上げられていませんが、まあそれについては勝生の華麗なステップが本編で披露されたら僕が頑張って猛勉強*1するということで何卒……。

採点方法とプロトコル

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「4回転1種類でも、プログラムコンポーネンツ満点出せばいいじゃないか」

第1話の時の記事でも軽く解説しましたが、本編で出てきたので一応ここでも書いておきます。2002年のソルトレイクシティオリンピックでとある事件*2が起こってからそれまでの6.0点満点方式の採点が見直され、2004-2005シーズンから現行のISUジャッジングシステムが導入されました。このシステムでは、演技時間中に実施された技術要素の要素ごとの点数(に減点やGOEを加味したもの)を合計した技術点 (Technical Elements Score; TES) と、5つの観点から採点された演技構成点 (Program Components Score; PCS) の合計から減点 (Deduction)(だいたいは転倒、演技時間超過・不足、演技中断によるもの)を引いた点数で順位が決められます。そしてその採点が全て詰まっているのが、競技会の各種目終了後に即座に公開されることになっている「プロトコル*3です。先週行われたスケート・アメリカでの実例を見てみましょう。

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画像は ISU GP 2016 Progressive Skate America より、2016年グランプリシリーズスケート・アメリカの宇野昌磨のフリーのプロトコルです。上の枠には選手のプロフィールと各セグメントの合計点・減点が、下の枠には技術点と演技構成点の詳細が記載されています。技術点は左から要素の記号、要素のインフォメーション記号(回転不足やエッジエラーなど)、インフォメーション記号が加味された後の基礎点、計算後のGOE、各ジャッジのGOE、計算後の要素の合計点となっています。その下には演技構成点の採点が記載されています。演技構成点にはFactorという項目がありますが、これはショートとフリーの要素数の差による技術点の差や、男女間における技術点の差(男子よりも女子の方が実施される技術要素の平均的な難易度が(主にジャンプにおいて)低めとなってしまう)を考慮して演技構成点に掛けられる倍率のことです。具体的には、男女シングルだと女子ショートがx0.8、女子フリーがx1.6、男子ショートがx1.0、男子フリーがx2.0となっています。男女間が0.8倍、ショートとフリーが2.0倍という関係になっていますね。技術要素の略記号を覚えるとプロトコルが読めるようになるので、適当な動画サイトで演技を見ていて採点が気になったら「isuresults 2016 skate america」みたいな感じでググってPDFを開いてプロトコルを見る……という技術沼に沈むことができます😇

ちなみに現行の採点方式は2003年のネーベルホルン杯とグランプリシリーズで先行して試行されており、こちらがその最古のプロトコル(2003年ネーベルホルン杯)です。

35th Nebelhorn Trophy

……が、なぜかDetailed ResultのPDFだけレスポンスが返ってこないのでなんとなく2003年スケートアメリカの男子フリーのリザルトを開いてみたら本田武史が1位でした。下の方にはステファン・リンデマンが。時代。

http://www.isuresults.com/results/sa2003/sa03_men_fp_scores.pdf

この頃まだ全くフィギュアスケートを見ていなかったので適当言いそうで怖いですが。5番目の要素は4T+COMBOとなっていますが、この時はまだ「3回転以上の同種類のソロジャンプの繰り返し」は+SEQ記号が無く+COMBOが付いてジャンプコンビネーション扱いになったからのはずです。このせいで回数制限のあるジャンプコンビネーションを1回分消費してしまうというルールでした。SeSqはサーペンタインステップシークエンス、SlSqはストレートラインステップシークエンスで、前者はリンクの短辺から短辺まで2長辺の間を蛇行するように進み、後者は短辺から短辺まで直線の軌道で進むステップシークエンスでした。残りの中央いっぱいに円を描く軌道のサーキュラーステップシークエンス (CiSq) も含めて全て同じ基礎点ですが、男子はFSではこの3つのうち2つを選んで実施しないといけないため、一番軌道が長くなるSeSqを入れる選手はほとんどいませんでした(らしい)。しかしステップもスピンもレベルを考慮した演技がまだ無いためか軒並みレベル1から2になっていますね。

冒頭に出した画像でニキフォロフは「プログラムコンポーネンツ満点出せばいいじゃないか」と簡単そうに言っていますが、過去の6.0点満点システムであれば芸術点で全員6.0点の満点が出された選手がいます。

www.youtube.com

ロシアのエフゲニー・プルシェンコ。2003-2004シーズンのフリープログラム、『ニジンスキーに捧ぐ』です。ニジンスキーは19世紀のロシアのバレエダンサーであるヴァーツラフ・ニジンスキーのことで、演技中にはこのニジンスキーがバレエで演じた演目で披露されたポーズがいくつか取り入れられています。6.0点採点最後のシーズンのプログラムですが、これが今の方式で採点されていたらどうなっていたのかが気になりますね……と思っていたら2010年のジャパン・オープンで再演されていたようです。

www.youtube.com

プロトコルはこちら。 http://www.jsfresults.com/InterNational/2010-2011/jo/data0105.pdf あのプルシェンコがフリップでエッジエラーを取られるとは……。

フリープログラムの構成

第4話ではタイトル通り勝生のフリープログラムが完成し、終盤ではその断片が垣間見えました。先週はショートプログラムの要件を確認したので、今週はフリースケーティングの要件を確認しましょう。男子シングルのフリースケーティングの要件は以下の通りです:

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ちなみにフリースケーティングの要件は男女・クラス間であまり差が無く、演技時間を4分30秒から4分にすれば男子ジュニアになります(この30秒がシニア上がりの大きな壁……)。また、演技時間を4分にしてジャンプの要素を8本から7本にすれば女子シニアになります(ジャンプコンビネーションの3本は変わりません)。

本編で公開された勝生の予定構成を見て照らし合わせてみましょう。

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  1. 4T+2T(ジャンプ1, ジャンプコンボ1)
  2. FSSp(フライングスピン)
  3. 4S(ジャンプ2)
  4. CCSp(単一姿勢のスピン)
  5. 3Lo(ジャンプ3)
  6. ChSq(コレオシークエンス)
  7. 3A(ジャンプ4、ここから後半?)
  8. 3F(ジャンプ5)
  9. 3A+1Lo+3S(ジャンプ6, ジャンプコンボ2, 3連続ジャンプ, 3A2回目(コンビネーションなのでOK))
  10. 3Lz+3T(ジャンプ7, ジャンプコンボ3)
  11. 4T(ジャンプ8, 4T2回目(1. がコンビネーションなのでOK))
  12. CCoSp(スピンコンビネーション)

そうです。ステップシークエンス (StSq) が足りません……。円盤で修正が入るのか、そもそも本当に予定していないのか……勝生の一番の見せ所のはずですがどうなるんでしょう。 円盤で修正が入りました。よかった。

あまり考えたくないですが、ジャンプの要素で失敗した時のことを考えてみましょう。ジャンプの要素は跳んでしまえば転倒しても何かしらのジャンプ要素としてコールされるので、どの回転数で降りてくるかが割と重要です。特にジャンプコンビネーションの1本目で転倒してソロジャンプになってしまったり、4回転ジャンプがパンクして回転数が減ると他のジャンプと衝突してno valueになるジャンプが発生する可能性があります(いわゆるザヤックルール)。

ジャンプの回数に関するルールをここでもう一度整理しておきましょう。

  • 2回転以上のジャンプについては、同回転数かつ同種類のジャンプで3回目以降の実施はno value
  • 3回転以上のジャンプについては、フリースケーティング中で2回使っていいジャンプは2種類まで(回転数または跳び方のどちらかが違えば別種類とみなす)
  • フリースケーティング中で2回使用される3回転以上のジャンプについては、少なくとも片方がジャンプコンビネーションに含まれていなければならない。これに違反し両方がソロジャンプとなると、2回目に実施したソロジャンプには+REP記号が付き、基礎点が70%となる。

地味に難しいパズルを解かなければいけませんね……。フィギュアスケートのルールの中でもだいぶ複雑なものですが、実際の演技を見ながらゆっくり慣れていきましょう。

勝生の構成で実践してみます。まずジャンプコンビネーションで転倒してしまう場合。

1. 4T+2T→4T

冒頭の4Tで転倒すると4Tのソロジャンプになってしまうため、最後の11. 4Tを4T+2Tに変更しなければいけません。最後の4回転でコンビネーションは本当にしんどいですが、これを忘れてそのまま4Tで跳んでしまうと、4Tが両方ソロジャンプで跳ばれたことになるため、「3回転以上のジャンプで2回繰り返されるものは、少なくとも1回はジャンプコンビネーションに含まれていなければいけない」という要件を満たしません。この場合、2回目に実施した4Tには+REP記号が付き、基礎点が70%となります。この要素は演技後半に実施されるので、基礎点を計算すると10.3(4T基礎点)x 1.1(演技後半ボーナス)x 0.7(+REPによる減点)= 7.93 点となります。転倒するとGOEはほぼ-3になりますが、4回転ジャンプのGOE-3は全て-4.0点に対応するので、最終的には3.93点となります。これは3Tより少し少ないぐらいの点数です。(2016-11-03 1:40頃削除 転倒するとは限らないので参考程度に……)

最後のジャンプで4T+2Tを跳ぶことがスタミナ的に無理であれば、3T+2Tや3Lzに変更してしまうという手もあります。この場合は3回転以上で飛んだジャンプが3Aと3T/3Lzとなり、3Tも両方(3Lzは10.が)ジャンプコンビネーションに含まれているので全てのジャンプが点数を獲得することができます。こちらの方が現実的ですね(ニキフォロフの言う「驚き」は観客には与えられなそうですが……)。

9. 3A+1Lo+3S→3A

7.の3Aが単独なので、9.の3Aで転倒してしまうと9.がソロジャンプになることが確定します。この場合は9.が3Ax+REPとなり、8.5(3A基礎点)x 1.1(演技後半ボーナス)x 0.7(+REPによる減点)-3.0(GOEが-3と仮定) = 3.55 点となります。これは2Aより少し多いくらいの点数ですね。3A+1Lo+3Sxならば14.74点なので11点以上のロスとなります。これは順位が大きく変わってきそうですね*4

「コンビネーションジャンプの2つ目以降はスケーティングレッグが右足になるからTとLoしか付けられないんじゃないの?」と思ったあなたは正しいです。この数シーズン前から流行りの1Lo(実際にはハーフループ)を挟んだジャンプコンビネーションについても、本編で披露された時に(技術規則的な観点から)解説したいと思っています(今週の分でやろうとしたけど思った以上に分量が増えてしまったので今回はやめておきます……)。

3Lz+3Tの3Lzで転倒しても、3Lzを他で使っている場所は無いのでジャンプ数の衝突などの心配はありません(もちろん点数は大きく減りますが)。

続いて、4回転ジャンプがパンクして回転数が減ってしまった場合を考えましょう。

1. 4T+2T→3T+2T

この場合は、3回転以上で2回使われるジャンプが3Tと3Aの2つになります。3Tは両方コンビネーションに含まれているのでno valueになるジャンプはありません。これは1.の4T+2Tが成功した後に11.の4Tが3Tにパンクしてしまっても同じです(3T+2Tがコンビネーションなので)。ただし4Tと3Tの点数差は6.0点なのでロスは大きいです。

1. 4T+2T→3T+2T, 11. 4T→3T

4Tが両方パンクして3Tになってしまうと、3回転以上で2回跳ぶジャンプは3Tと3Aで上の場合と同じですが、11.の3Tが3回目の実施となるのでno valueになります。4回回って転倒するより3回回って降りた方が点数が減るというのが現行ルールの恐ろしいところですね……。ちなみにno valueを回避するためには、1.の4Tが3Tになってしまった時点で11.の4Tを2Tにしたり、10.の3Lz+3Tを3Lz+2Tにして11.を3Sに変更することが考えられます。

1. 4T+2T→2T+2T, 11. 4T→2T

この場合は1.で2Tを2回跳んでしまったので、11.の4Tもパンクして2Tになってしまうと、2Tの3回目の実施となるのでno valueになります。安全策で11.を3T, 3S, 3Lzに変更して確実に決めれば全てのジャンプが点数を獲得できます。

3. 4S→3S

これ以外のジャンプを全て予定通りに跳んでしまうと、3回転以上で2回繰り返したジャンプが4T, 3A, 3Sの3種類になってしまいます。ジャンプを実施する順番を考えると、「3回転以上で2回繰り返していいジャンプは2種類まで」という要件を先に満たす要素は3Aと3Sになります。これで割りを食うのが最後の11.のジャンプで、これが4Tのままだと1.と、3回転のジャンプにしてもそれまでのいずれかのジャンプと衝突してしまい、3回転以上繰り返すジャンプの3種類目になるのでno valueになってしまいます。これを回避するには3A+1Lo+3Sの3Sをやめればいいので、3A+2Lo+2Lo, 3A+1Lo+2S, 3A+1Lo+2Fなどに変更することが考えられます*5

以上では「この種類が失敗したら」と1種類のジャンプに注目して考えてきましたが、実際には複数種類のジャンプを失敗してしまう可能性があるわけで、もっと複雑なパターンを演技中に考えなければいけません。リンク上のスケーターは淡々と要素をこなしているように見えますが、脳内ではすごく大変なことを考えていることがあるのです(見てきたような言い方ですが……)。

変更履歴

2017-03-29 00:00:00 コメントで指摘をいただいた最古のプロトコルの情報を変更しました。合わせて勝生の予定構成メモも円盤で修正が入っていたため本文を修正しました。

*1:どれだけステップに疎いかというと最近ようやく「難しいターンとステップ」の区別が付いてジャンプ前のステップならギリ分かるか分からないかになってきたレベルです……。各ターンの軌道についてはこのサイトが分かりやすかったです

pandamaster.blog114.fc2.com

*2:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%83%E3%82%AF%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E3%83%95%E3%82%A3%E3%82%AE%E3%83%A5%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%AB

*3:というのはスケオタ間の俗称で、「プロトコル」はあくまである競技会についての情報すべてを包括的に指す用語であり、点数表については上記URLの中ではDetailed Scoresなどと書かれている

*4:この前のスケートアメリカでは宇野昌磨がまさにこのミス(前掲した宇野のプロトコルの10.の要素)をしましたが優勝しました……(宇野の場合は1本目の3Aがコンビネーションなのでここでは+REPは付いていませんが)

*5:1Lo後にフリップはほぼ見ませんが、宇野昌磨は3A+1Lo+3Fにして基礎点を上げたりしています